大火を超えて・・・
函館の歴史を語る上で忘れてはいけないのは大火です。中でも1934年(昭和9年)の大火により、函館西部地区の建築物のほとんどが焼失してしまいました。また、1945年の函館空襲でも西部地区の建物が被害を受けています。20間坂や函館の各地区にあるグリーンベルトは、大火を数度経験したことにより、被害拡大を防ぐ為に設置された防火スペースなのです。ただ無駄に広い道路ではないのですよ(´ー`)
前述しましたが、大火で西部地区の建物は大被害を受けました。しかし、大火と空襲をくぐり抜け、現存している建物があるのですよ。まさに建物の中の建物、キングオブ建物が!('Д')
この建物のお名前は旧開拓使函館支庁書籍庫さんです、どうぞよろしく。元々旧函館支庁の倉庫として建てられたものですが、支庁本体が大火で焼け落ちてしまいまして、書庫だけが残ってしまったのですね。
A君:大火に見舞われた割には綺麗じゃないか!
B君:本当は焼失してるのにごまかしてるんじゃないの?
C君:証拠はあるのか!証拠は!!
げーん:(ノ ゜Д゜)ノ ==== ┻━━┻
わかりました、そこまでおっしゃるなら証拠を見せようじゃありませんか!
この書籍庫に使用されているレンガを拡大しまたものです。レンガには刻印がありまして、このレンガには明治7年函館製造とあります。アタクシが確認した限りでは、明治7年~9年までのものしかありませんでした。函館製造とありますが、実際には現北斗市の茂辺地煉瓦石製作所で作られたものと言われております。
さて、この建物の場所ですが、旧函館区公会堂の真下になります。旧開拓使函館支庁の隣にひっそりと建っておりますので、見かけたら声をかけてやってください。
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コメント
補足
函館の大火は10回以上あったと言われています。中でも1907年8月、1921年4月、1934年3月の大火が被害も大きく、特に1934年の大火では市内の1/3、西部地区の1/2が焼失するほどの大火でした。
投稿: Galda | 2007年4月21日 (土) 11時00分
なんか勝手に登場させられてるうううぅぅぅぅ
投稿: げーん | 2007年4月22日 (日) 19時04分
にやり( ̄ー ̄)
投稿: Galda | 2007年4月22日 (日) 19時50分