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2008年1月31日 (木)

箱館の新選組②

それでは誠の旗の下、京都から箱館まで戦った新選組隊士を一人ずつ紹介していきましょう。

●阿倍隼太(あべ じゅんた) 慶応3年9月~12月までに入隊

箱館新選組での所属は『第3番隊嚮導役』。鳥羽伏見から会津まで転戦し、蝦夷に渡航。弁天台場で降伏後、青森県弘前の薬王院で謹慎。赦免後の消息は不明。

●蟻通勘吾(ありどうし かんご) 文久3年6月~7月までに入隊

箱館新選組での所属は不明。新選組の古参隊士で、池田屋事件においては土方隊に所属して奮闘。その後も、新選組が関わる数々の事件で活躍している。鳥羽伏見から会津まで転戦し、会津で死亡との報告もあるが、これは誤報で蝦夷に渡航している。明治2年5月11日、函館山の攻防戦で戦死した。奇しくも土方歳三と同じ日に・・・

●市村鉄之助(いちむら てつのすけ) 慶応3年10月~12月までに入隊

13歳で新選組に入隊し土方歳三の召抱人となる。鳥羽伏見から箱館まで、常に土方と行動を共にしたと思われる。箱館総攻撃の際に不明となったとされているが、土方の遺品を持ち箱館を脱出。7月初旬に日野に届けたという。この時届けたのは、遺髪、写真、時世の句。日野で3年ほど匿われて生活し、その後は西南戦争に参加し戦死したとされている。

●上田馬之丞(うえだ うまのじょう) 慶応3年6月~12月までに入隊

鳥羽伏見から会津まで転戦し、蝦夷に渡航。蝦夷渡航後は松前攻防戦に参加し、そこで戦死、もしくは後日江差で捕縛されたと言われている。

●尾関 雅次郎(おぜき まさじろう) 文久3年6月~8月までに入隊

箱館新選組での所属は『第2番隊差図役』。蟻通勘吾と並ぶ古参隊士。池田屋事件時には既に在籍しているが出動の記録はない。鳥羽伏見から会津まで転戦し、会津で負傷するも蝦夷に渡航している。弁天台場で降伏後、青森県弘前の薬王院で謹慎。赦免後は郷里に戻り暮らした。

●佐久間 顕介(さくま けんすけ) 慶応3年6月以前に入隊

箱館新選組での所属は『第2番隊嚮導役』。鳥羽伏見より仙台まで転戦し、蝦夷に渡航。弁天台場で降伏後、青森県弘前の薬王院で謹慎。赦免後の消息は不明。

●佐々木一(ささき はじめ) 慶応3年7月~12月までに入隊

箱館新選組での所属は『第3番隊隊士』。鳥羽伏見より会津まで転戦し、蝦夷に渡航。弁天台場で降伏後、青森県弘前の薬王院で謹慎。赦免後は明治政府に出仕し、76歳まで生きた。

●沢忠輔(さわ ちゅうすけ) 慶応3年6月~12月までに入隊

箱館新選組では土方歳三所属。鳥羽伏見より会津まで転戦し、蝦夷に渡航。箱館では市村鉄之助同様、土方歳三と行動することが多かったと思われる。土方戦死の際、最も近くにいたのは沢忠輔だったと言われている。箱館総攻撃を前に湯の川へ脱出し、翌年に日野の佐藤家に土方の遺品(刀の下げ紐)を届けた。『智勇兼備の名将とは土方殿の謂ひなるべし』の言葉を残しているが、その後の消息は不明。

●島田魁(しまだ かい) 文久3年6月以前に入隊

箱館新選組での所属は『新選組頭取』。池田屋事件を始め、新選組の数々の事件、粛清に参加した古参隊士。新選組の表も裏も知る隊士である。京都では土方の右腕として働いたとされ、土方歳三が最も信頼していた隊士の一人ではないだろうか。鷲の木浜上陸から、五稜郭入城まで島田は守衛新選組として土方の警護に当たっている。鳥羽伏見から会津まで転戦し、蝦夷に渡航。弁天台場で降伏後は他の隊士と同様、青森県弘前の薬王院で謹慎し、名古屋で更に拘束された後に赦免された。赦免後は京都に戻り、晩年は西本願寺に警備員となり72歳まで生きた。島田は土方の戒名『歳進院誠義豊大居士』と書かれた布を生涯離さず身につけ、日々隊士の慰霊を弔ったという。新選組に関する多数の名簿、日誌も残している。

●白戸友衛(しらと ともえ) 文久3年6月頃に入隊

箱館新選組での所属は不明。京都以来の隊士ではあるが目立った記録はない。鳥羽伏見から会津まで転戦し、蝦夷に渡航。箱館総攻撃、又は郊外の戦闘で戦死した。

とりあえず10名だけ。また時間ある時に残り16名を書きます。

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2008年1月30日 (水)

箱館の新選組①

箱館新選組で京都以来の隊士は何人いたのか('Д')?

以前13名と書きましたけど、これは弁天台場で降伏した隊士、且つ、京都以来の隊士ということなのです。ですから、単純に京都以来の隊士となれば13名以上になるわけですよ。しかも、13名と書いた後、色々と調べていたら、どうも13名じゃないのでは・・・という気もしてきましてねぇ(´・ω・`)

ということで、もう一度調べ直してみました。今回は箱館新選組隊士で京都から転戦した来た者ということで、ちょっとだけ人数が多くなりました。まず京都以来の隊士を限定するに当たって、

慶応3年までに入隊したであろう・・・

そして、鳥羽伏見を戦ったであろう・・・

と考えられる隊士までとしました。早くも曖昧な表現で信憑性を落としているわけですが(^o^;) 隊士全員分の入隊年月日が記録されてるわけじゃないですからねぇ。多分、この時期に入隊してるだろう!いや入隊したに違いない!入隊したことにしてくれ!という考えでまとめていかないと先に進めないんすよ( TДT)

入隊時期を限定したら、次に箱館に存在していた!という証拠がなければならないわけでして、何を根拠とするかなのです。既に信憑性をおとしてますからね・・・まず、最初に飛びついた資料は、明治2巳年5月15日に作成された【新撰組弁天台場降伏者名簿】もしくは【弁天台場籠城者名簿】とでも言うのでしょうか。これはもう、その名の通りです。弁天台場降伏時に作成された新選組隊士の名簿なのであります。何のために作成されたのかは分かりませんが、ここに名前が記載されているということは、箱館で戦ったという動かぬ証拠になるのです。ということで、この名簿の中から慶応3年までに入隊した隊士を探してみました。

隊士92名中、慶応3年までに入隊してた者(と思われる)13名

となりました。尚、兵卒の11名は隊士として数えておりません。京都から戦い抜いて、箱館で降伏した隊士は僅か13名だったのです。

しか~~~し!

これで全員ではないのですよ。この13名は弁天台場で降伏した隊士であり、降伏する以前に戦死した隊士や、脱走した隊士もいるのです。んでは、次に何を調べたかと言いますと、横倉甚五郎名簿中の箱館戦争時の隊士名簿なのです。作成されたのは慶応4年戊辰6月とされ、箱館での新選組隊士を調べる上では貴重な資料なのです。この名簿の中から慶応3年までの入隊者を調べてみると・・・

隊士84名中、慶応3年までに入隊してた者(と思われる)12名

この12名は、前述した弁天台場降伏人名簿と全員重複しています。ここで疑問を感じた方は素晴らしい!そうです、12名しかいないのは不思議ですよね。弁天台場で降伏した人数は13名、なのに箱館新選組の隊士名簿では12名。この数字から判断すれば、横倉甚五郎名簿が作成されてから、弁天台場で降伏するまでの間に一人加入したことになります。それじゃあ京都以来の隊士じゃないじゃないか!と考えるのは早計なのです。この足りない一人の名前は相馬主計】なのです。言わずと知れた新選組最後の隊長が、横倉甚五郎名簿には含まれていなかったのです!何と言う記入漏れ!何と言うミス!・・・ではなくて、名簿作成時の相馬主計は陸軍奉行添役という立場でしたので、この時点では隊士として記載はされていなかったのではないでしょうか。戊辰戦争見聞略記に

『陸軍奉行添役相馬主計、我隊に属してともに締をなす。町ごとに屯所を設け、夜巡邏を厳にす』

とあります。文中に我隊に属してとはありますが、立場はあくまで陸軍奉行添役、しかしながら、新選組の仕事も兼務していたと捉えることができないでしょうか。都合の良い捉え方かな?(笑)とにかく、相馬主計は最後には新選組隊長になりましたから、12名+相馬主計ということで、弁天台場降伏の人数と一致することになるのです。

じゃあ13名決定だね!

といかないのが面倒なところ・・・更に同じ横倉甚五郎名簿中の『元新選組連名』を調べてみました。この元新選組連名は島田魁が記した『京都ヨリ会津迄人数』と記載されている隊士はほぼ同じ。箱館で降伏した隊士は含まれていませんが、鳥羽伏見開戦直前から蝦夷渡航までの隊士の離脱が克明に記されています。この名簿の中から蝦夷に渡航した者を更に調べてみる。すると・・・

元新選組連名で蝦夷に渡航した者、10名

この名簿は先述した通り、弁天台場で降伏した隊士は含まれていない。つまり、この数字がそのまま蝦夷に渡航後、戦死か脱走した人数となるのです。これに弁天台場での降伏人数を加えると23名となります。

蝦夷に渡航した京都以来の隊士23名!

これで決定!と言いたいところですが、横倉甚五郎名簿は隊士が脱漏している名簿なのです・・・・ですから、更に島田魁の『京都ヨリ会津迄人数』を調べてみる。こちらの名簿も慶応3年12月頃に作成されたと言われており、隊士の怪我、戦死、脱走、蝦夷渡航を記している貴重な資料なのです。その数157名・・・・つ、疲れるな、おい( TДT) まぁ、この名簿で23名となれば、人数が一致するので一件落着となるわけで、最後の気力を振り絞って頑張りますよ。で、調べた結果は・・・

京都ヨリ会津迄人数で蝦夷に渡航した者、27名

うひゃひゃひゃひゃひゃ・・・・・・・4人合いませんね(;´д⊂)。この4人は誰かといいますと・・・田村銀之介、野村利三郎、土方歳三、安富才介でした。土方歳三は隊士じゃないから、前述した3つの名簿から抜けるのは分かりますけどね。他の3人も慶応3年までに入隊したと判断できますので、この4つの名簿から導き出した人数は26名。(土方歳三除外)

もうこれで間違いないと思うけどなぁ・・・他にも箱館脱走人名簿等がありますけど、新選組を調べるのならば、この4つの名簿で十分カバーできると思うのですよ。島田魁の『仙台ヨリ脱走後名簿』については、横倉甚五郎名簿の新選組名簿とほぼ同じなので、目を通してチェックするだけにしました。26名の隊士を書こうと思ったけど、ここまでで力尽きたので、また次回にでも。

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2008年1月28日 (月)

WRC第1戦モンテカルロ終了

2008年度の第1戦『ラリー・モンテカルロ』が終了しました。

まずは結果から(FIA公式HPの結果はこちら)

1、セバスチャン・ローブ(シトロエン)

2、ミッコ・ヒルボネン(BPフォード)

3、クリス・アトキンソン(スバル)

4、フランソワ・デュバル(ストバート・フォード)

5、ペター・ソルベルグ(スバル)

6、ジジ・ガリ(ストバート・フォード)

7、ジーンマリー・コオク(個人)

8、パーガンナー・アンダーソン(スズキ)

今年はピレリタイヤのワンメークですが、ローブ選手の速さは相変わらずのようです。Day2終了時に2位との差を57秒とし、あとは後続との差を見ながらのレース。最終日はペースを落として余裕の勝利と言ったところでしょうか。まだ第1戦ですが、このまま優勝まで決めてしまいそうな勢いですよね・・・

スバルは、アトキンソン選手がデュバル選手との熾烈な3位争いに競り勝ち、ソルベルグ選手も5位になった。次期に新型マシンも投入されるだろうし、なんとか復活して欲しいですね。前にも書いたけど、ローブ選手と互角に戦えるのはソルベルグ選手だけだと思うのですよ・・・このままローブ選手を独走させないためにも、スバルには頑張って欲しいですね。

注目のスズキは、アンダーソン選手が8位に滑り込みました。まだまだ発展途上のマシンだとは思いますが、ポテンシャルは高そうです。シリーズ後半で熟成されてきたら面白くなりそうですね。

次回はスウェーデンです。

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2008年1月27日 (日)

失礼しました_(._.)_

アタクシが以前書いた五稜郭タワーの記事の中で

>実際、箱館新選組で京都以来の隊士というのは僅か13名、池田屋を知っている隊士は3名しかいませんでした。

という記述をしました。この記事を読んだ方から『池田屋を知っているのは4人じゃないのか?』という指摘を受けましたので、なぜ3人としたかを改めて書かせていただきます。

まず、土方歳三・嶋田魁・蟻通勘吾については、元治元年八月四日付けで下された『会津藩庁記録』(池田屋事件報奨金リスト)に名前が記載されていますので、池田屋事件に参加したのは間違いありません。箱館戦争時に土方歳三は新選組の隊士ではありませんでしたので、隊士として箱館戦争を戦ったのは嶋田魁・蟻通勘吾の2名。

次にアタクシが考えたのは尾関雅次郎。入隊時期は文久3年の6月以降ということで、ハッキリとした時期はわかりません。しかし、池田屋事変の時に新選組に在籍していたのは間違いないでしょう。なぜならば、尾関雅次郎より遅れて入隊した兄の尾関弥四郎が、先に記述した『会津藩庁記録』に、名前が記載されているからです。雅次郎は池田屋事件には参加しておりません。病気だったのか、屯所の警護で参加できなかったのかはわかりませんが、兄の存在が池田屋事件時に在籍した裏付けになると考えたからです。これで3名。

残る1名・・・おそらく4名と考えた方は、山野八十八を数えたのかと思います。んー・・・実際アタクシも数に入れるべきか、かなり悩んだのです・・・・・・山野八十八は池田屋事件の年に在籍していたのは間違いありません。元治元年11月に作成されたと言われる『行軍録』に八十八の名前が明記されていますしね。ただ入隊時期がハッキリとわからないのです・・・文久3年で嶋田魁と同じという説もあれば、伊東甲子太郎と一緒という説もあります。

まず、嶋田魁と一緒に入隊したのならば、小島鹿之助『国事異聞』に嶋田と並んで名前がないのは何故なのだろうと・・・名前の無いことが在籍していない証拠にはなりませんが、『行軍録』まで記録上名前が出てこないのがひっかかっていたのです。平山五郎の剣稽古の相手をした話、四条堀川の米屋事件等、八十八の存在を示している話がいくつかあります。これらの話から、池田屋事件時に在籍したと考えてもおかしくはないのですが、自分が納得できる資料を見つけれなかった。ということで、疑わしきことは書かないでおこうと、あえて3人と言うことでブログに書いたわけです。

しかし、その後色々な本や資料を読みまして、平尾道雄氏が自費出版した『新撰組史』の中にある50名の隊士リストを見ました。文久3年のいつ頃のものか、出典はどこかなど謎の多いリストではありますが、文久3年の八月に起きた禁門の政変に出動した新選組隊士52名に最も近いリストではあると思います。この中の『正野八十八』が山野八十八であるならば、やはり文久3年には在籍したと考えるべきなのでしょうね・・・

んー未だ悩んではいるのですが、池田屋事件時に在籍を完全に否定するものも無し、上記のリストに正野八十八で名前あり、文久3年の事件や話にも名前が出ていることから、在籍していたと考えるのが正解なのかなぁ・・・ということで、前置きが長くなりましたが、今は4名の方に気持ちが傾いております。まずは4名と訂正し、また色々な資料などを読み漁ろうと思います(;´д⊂)

また、アタクシの知識不足は否めませんので、

バカヤロー!こういうのがあるんだよ

というのがありましたら、どんどん意見をお願い致します_(._.)_

PS 京都以来の隊士13名という表現も、もう一度見直して書き直したいと考えております。もう少しお待ちください_(._.)_

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2008年1月26日 (土)

久々にTDUでも・・・

TDUの動画検索ををしていたら、タンタラスの正攻法動画があった。タンタラスのタイムアタックはTDUの中でも指折の難しさ。道路外に出るとペナルティ、接触もペナルティ、道路は九十九折で道は狭い。それでいて時間制限ありときたもんだ。何十回とトライしてようやくクリアしましたね・・・後から『崖落ち攻略』という簡単な方法がわかって愕然としましたが(笑)まぁ、正攻法でやるから面白いんですが。動画のプレイヤーは一般車の捌き方が上手ですね。

タンタラス正攻法動画を見る(YouTube)

次はパガーニ・ゾンダRSで走ってる動画なんすけど、エンジン音が良いですね。走ってるのはおそらくH3号で、オアフ島屈指の高速コースです。トンネル内でオーバーレブさせてるのはプレイヤーの趣味なんすかね(笑)

パガーニ・ゾンダRS(YouTube)

最後はNINJAでカラニアナオレ・ハイウェイを走ってる動画です。この道路は気持ちいいですよねー。TDUでカラニアナオレはかなり再現率が高いと思います。特にハナウマ・ベイの辺りなんかは、よくできていると思うんだけどなぁ。これ見てて思ったんすけど、TDUでマン島TTみたいな事できそうですよね・・・クローズドされてないから、かなり苦労しそうだけど。

ニンジャでカラニアナオレ・ハイウェイ(YouTube)

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2008年1月22日 (火)

術後2年経過

今週の金曜日(25日)で手術をしてから丁度2年になります。

この2年間、長かったような短かったような・・・。術後、一年間は後遺症との闘いでした。手術後は以前と同じ生活ができると思っていましたので、後遺症があると分かった時には愕然としました。最初の数ヶ月間は毎日泣きたい思いでしたね。腕は思うように動かない、首は強烈に締め付けられる、耳は痛いし、声は出ない・・・普段、当たり前のようにできていたことが、突然できなくなってしまったのです。自分自身のもどかしさに腹が立ち、精神的にかなり参っていたと思います。嫁さんに

『手術なんかしなきゃよかった・・・』

と愚痴っていました。術前に後遺症で鬱病になる人もいると聞いた事があります。聞いたときは気にも留めなかった言葉でしたが、自分が実際にそのようになった時、なるほど・・・と思いました。後遺症の辛さと再発の恐怖が精神を蝕んでいくのですね。

幸い、アタクシの場合は嫁さんを始め、周囲の方々に支えられ頑張ることができました。また、ネットを通じて同じ病気、後遺症と闘っている方々と交流し、たくさんの勇気をもらいました。後遺症と闘っているのは自分一人ではなかったのです。また、自分よりもっと辛い後遺症と闘っていた人もいたのです。

一年を経過した頃から、徐々に痛みや締付けが和らいでいきました。体が慣れたせいもあるとは思います。体調が良くなってくると、ちょっと無理して腕を動かしてみようかな・・・と、筋力トレーニングを始めてみました。リハビリに通っても動かなかった腕ですので、半ばヤケクソで、動けばラッキーくらいのつもりで始めたんですけどね。結局、このヤケクソ筋力トレーニングが大正解でして、このトレーニングのお陰で7割方動くようになったのではないでしょうか。この先、完璧に治るかどうかは分かりません。でも、今は7割動いてくれてるだけで十分です。希望は捨てないで、この先もトレーニングは続けたいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが現在の状況です。

○手術痕

前回の更新時と比べても変化はわかりませんね(笑)でも、一年前よりは確実に薄くなっています。ケロイドになった部分以外は目立たないですよ。

○首の締付け感

こちらは前回更新時と変わらずですね。徐々に徐々に良くなっていってるのでしょうが、良化を体感できないですね。でも、日にち薬とはそういうものなのでしょう。長い目で見れば確実に良くなっているのですから。

○知覚

術痕の両端が少し感じる程度。術痕の中心部分(右頚部)に関しては熱いも冷たいも、触られてることすらわかりません。髭剃り時にキレても痛みがない・・・血だらけになって初めて気付くという・・・(^^;

○声

締付けが強いと声を出しにくい。裏声が出ない。大声が出ない。歌うと咳き込む。こちらも徐々に良化はしているようです。

○腕・肩

上でも書きましたが7割方動いてます。腕を水平にするような動作が全くできないので、何とかならないものかと試行錯誤しております。これができるようになれば随分と楽になるのですが・・・

○首のしこり

しこりはありますが、反応性のリンパ炎ということで1年半経過しております。数々の検査をくぐり抜けてきたしこりですので、悪性じゃないと信じております(笑)でも、しこりの存在自体が嫌ですよね・・・

まだしばらく後遺症は残るでしょう。再発の心配もあります。でも、考えても仕方がない!今は普通に生活できていることに感謝し、少しでも体調が上向くように頑張りますよ。

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2008年1月20日 (日)

首から肩が・・・

寒さが厳しいせいでしょうか、今日は首の締付け、肩の痛みが強く出ています。う~ん・・・しばらく調子が良かったので安心してたのになぁ・・・

今回の場合、首の締付けが先にきて、耳の閉塞感と放散する痛みが出る。次に、首から肩にかけてガチガチになり、痛みで肩と腕が上がらなくなるって感じでした。首を前後に動かすだけで、筋肉が軋んでるような音までします。嚥下時に耳も痛むしね・・・もうすぐ2年経過するってのに、相変わらずの症状が出ると嫌になりますね。

実際もう打つ手が無いので耐えるしかないわけですが、

いい加減何とかしてくれ~~~

てのが本音です。

来月の22日は定期検査の日。今回も何もなく終わればいいな。

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2008年1月18日 (金)

It is a dance with the angel !

面倒くさがりの知人のためにトレーラームービーを再UP。

エースコンバット6 トレーラームービー

真ん中のフルトレーラーでも見て、士気を高めやがれ!

先日、アメリカ、オーストラリアの方と一緒にCOOP1をやりました。この2名がテンション高くて、楽しかったですね。作戦開始時に

Hey guys ! I will recaptured GraceMelia.

dance with the angel !

と叫びながら急降下していき、数秒で撃墜されてました(笑) やはり、ノリは絶対に海外の人のがいい!だって、一緒に遊んでて腹を抱えて笑うことが多いもの。TDUでもそうだったしね。春先に発売される『バーン・アウト・パラダイス』は海外受けしそうなゲームなので、彼らと一緒に遊ぶと面白いかも。さて、今日も上がりますか・・・

It's pay back time !!

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2008年1月17日 (木)

蕁麻疹

最近、蕁麻疹がひどいのですよ(´・ω・`)

もともと皮膚は強い方ではないけれど、最近の蕁麻疹の出方はちょっと酷い。平常時から出ているわけではなく、汗が出るくらいの運動をすると、ブツブツと出てくるんですよ・・・なんか、温熱アレルギーっぽい出方なんですよね。ちゃんとアレルギー検査してもらえば分かるんでしょうけど面倒だしなぁ。

問題は、この蕁麻疹が出始めた時期。そうです、手術後1ヶ月くらいから症状が出始めたのです。一度、主治医に関係性を聞いたことがあるのですが、返ってきた答えは予想通り

『関係ないと思いますけどね・・・』

だそうです。まぁ、そうでしょうね(笑)医学的な根拠が無ければハッキリと断言できないだろうしねぇ。でも、医学的には証明されなくても、天気や季節の変わり目で締付けがキツクなるのは確かだし、今回の蕁麻疹の件だって、甲状腺と何らかの関係はあると思うのですよ・・・

さて、この蕁麻疹どうしたものか・・・このまま抗アレルギー剤飲み続けるのも嫌だしねぇ・・・

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2008年1月14日 (月)

出場するには!?

WRCとは何ぞや?という話から始まるわけですが、WRCとは

orld Rally Championship

を略したものであります。その名のとおり、世界規模のラリー選手権でして、FIA(国際自動車連盟)が主催する3大選手権の一つです。ちなみに、3大世界選手権とは『フォミュラー1(F1)、WRC、ワールドツーリングカー選手権』の3つです。

世界選手権ですから、出場する選手は自動車メーカーと契約した、超一流のドライバーばかり。乗る車も市販車と同じ形をしていますが、中身は全くの別物で、1台1.5億~2億くらいのWRCだけを戦う為の専用マシンです。そんな凄い競技に一般から参加ができるのか!?ということなんですが、多分、皆さんが考えているよりは簡単に出場できちゃったりします(´ー`)

WRCに出場する車両はいくつかのカテゴリーに分けられます。一つは前述した自動車メーカーがWRC用に作り出したマシン(通称WRカー)で争うグループA・クラス8。スーパー1600と呼ばれるグループA・クラス6。そして改造範囲が最小限に抑えられたグループNというクラス。このグループNというクラスが、最も市販車に近い状態の競技車両です。(GrNはN1~N4、GrAはA5~A8)

ループNで許される改造範囲は、安全タンク、消化器設置、ロールゲージ等の安全対策。軽量化やサスペンション等の足回りの強化などです。(大雑把ですがこんなとこです)エンジンに手を加えたりすることはできません。ですから、我々でも作れるし、手に入れることができる車なのです。改造範囲が狭いと言うことは、ベースとなる車両の基本性能が大事でして、現在このN車両のほとんどが、三菱ランサーエボリューションとスバルインプレッサで占められています。まぁ、日本だけですからね・・・こんな化け物みたいな性能の車を大量に市販しているのは(笑) 余談ですが、このN車両を使った世界ラリー選手権がPWRCと呼ばれるものです。アジアパシフィックラリー(通称アジ・パシ)もそうですね。

さて、車は決まっても出場資格が無ければ出走できません。どんな資格が必要かと言いますと、国際C級ライセンスがあれば良いのです。

こ、こ、国際だとぉおお!

国際という言葉に臆してはいけません!国際C級ライセンスは、継続的にモータースポーツに参加している人であれば、簡単に申請できるのです。申請の条件は後で説明するとして、まずは国内B級ライセンスからの取得から。国内B級は

JAFに加盟し講習を受けるだけ。

この他には何もいらないのです。モータースポーツクラブか何かに所属していればもっと楽ですけどね。Bを取得したら国内A級となるわけですが、B級よりちょっと面倒になります。Aを取得するには

JAF公認のB級ライセンスで参加できる競技に参加し、結果(リザルト)を残す。

筆記試験に合格する。

実技試験に合格する。

この3つです。なんか凄い面倒そうですが、全国でA級ライセンス取得講習みたいなものを頻繁にやっているので、それに参加すれば一日で取得できたりします。Aまで取ってしまえば、あとは無試験で国際C級を申請することができます。そしてその条件とは

JAF公認のレースに2回以上出走し完走する

もしくは、JAF公認のスピード競技に6回以上参加し完走する

ここで、レースとスピード競技というのが出てくるわけですが、レースとは一般的にサーキットで行われる多数台による競争のことです。サンデーレースであれば全国各地で頻繁に行われているのですが、JAF公認となると・・・・数が少ないうえに敷居が高くなるのです。まず、普段乗ってる車で出走できるJAF公認レースなんてのはないでしょうから・・・

そうなるとレースはあきらめてスピード競技の方となるわけです。スピード競技とはラリー、ダートトライアル、ジムカーナで、レースに比べれば断然お手軽に参加できます。ジムカーナであれば、安全対策さえしっかりとしていれば、それ以外は改造しなくても参加できるのです。それにJAF公認のスピード競技はレースより多いですからね。とにかく、このスピード競技に6回出走し完走すれば、国際C級のライセンスを申請できます。競技をやっているほとんど方は、特に必要がなければ年会費の高い国際C級を申請しませんけどね(笑)アタクシも申請資格はあってもしませんでしたから。

ということで、国際C級を所持していて、N車両があるのであれば、WRCのN車両カテゴリーに参加することは可能です。もちろん、それなりにお金もかかるし、最低5日は仕事を休むことになりますけどね。

あぁ肝心なこと忘れてた。

JAF公認のレースに2回出走し完走、または、スピード競技に6回出場し完走というのは1年以内という期限付きです。12ヶ月以内に結果を残さないと、C級は申請できません。過去に何十回出走し成績を残していても、1年以内での実績がなければ無理なのです。

え?アタクシ?

競技辞めたときに使わないと思って、A級ライセンス流しちゃった(笑) 今からB級申請して10月のラリージャパンに間に合うかって?理論上、かなり厳しいけど間に合わないことはないのですよ・・・ただ、現実的にはかなり厳しいですな・・・まず車が無い暇も無い、そして何より金が無い○| ̄|_

年頭に掲げた目標は、1月のこの時点で来年の目標に変わりそうですが・・・・・・希望だけは持っておこう・・・・・・

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2008年1月13日 (日)

2008年のWRCも見逃せない!

2008年度のWRC日程、参戦Team、主要ドライバーがほぼ決まりました。

まずは開催日程なのですが、FIAのHPでご確認くださいまし。これによると、今年のラリージャパンは『10/24~10/26』となっております。今年は道央圏での開催になるそうなので、昨年より盛り上がりそうな感じです。今から楽しみだなぁ・・・出場できればもっと楽しめるんだろうけど(笑)

そして参加チームと主要ドライバーはと言いますと・・・

シトロエン・TOTAL・ワールドラリーチーム

セバスチャン・ローブ選手、ダニエル・ソルド選手

BPフォード・アブダビ・ワールドラリーチーム

ミッコ・ヒルボネン選手・ヤリマティ・ラトバラ選手

ストバート・VK・Mスポーツ・フォードラリーチーム

ジャンルイジ・ガリ選手、フランソワ・デュバル選手

ヘニング・ソルベルグ、マシュー・ウィルソン選手

スバル・ワールドラリーチーム

ペター・ソルベルグ選手、クリス・アトキンソン選手

スズキ・ワールドラリーチーム

トニ・ガードマイスター選手、バーガンナー・アンダーソン選手

ミュンヒス・フォード・ワールドラリーチーム

ルイスペレス・コンパンク選手、ファンパブロ・ライアス選手

となっております。シトロエンは昨年と同じ体制。もう車、ドライバーとも熟成(笑)されているので、今年もモンテから開幕ダッシュを決めていきそうですね。

BPフォードはグロンホルム選手がいなくなり、ヒルボネン選手が事実上の1stドライバーに。ラトバラ選手がストバートからこちらに移籍となりました。ヒルボネン選手は作シーズン3勝、ラリージャパンではローブ選手の追撃を抑えたり、確実に速さを身につけてきています。今年もっとも楽しみな選手です。

ストバートチームの注目は何と言ってもジャンルイジ・ガリ(ジジ・ガリ)選手。日本でも彼のファンは多いですからね。しかし、どうも彼は三菱のイメージが強すぎますよね^^; ランエボN車両の時期が長かったし、WRC2004での走りも記憶に新しいしなぁ。三菱乗っていなくても応援しますよ!ちなみに、彼はローブ選手と一歳しか違わなかったりする(笑)

スバルチームも昨年と同じ体制。とりあえずはWRC2007での開幕となりますが、注目はWRC2008。どこで投入されてくるのか?ポテンシャルはどうなのか?ソルベルグ選手が期待している車ですので、早く見てみたいですね。序盤はまた苦戦しそうな気配ですが・・・

スズキチームは今年初参戦。日本のメーカーが参戦してくれるのは楽しみが増えて嬉しいですね。昨年の2戦だけでは消化しきれない問題、課題も山積みだとは思います。大変な一年になるとは思いますが、頑張って欲しいですね。注目のドライバーはガードマイスター選手。ローブ選手やPソルベルグ選手と同じ世代なんですが、どうもツキに見放されているようで( iдi ) ここ一番の速さは持っているのですが、乗ってきたマシンがコルドバやスコダですからねぇ・・・上位争いできるマシンにさえ乗れていたら、今頃はもっと評価されていたとは思うのですが。アタクシが今年一番応援したい選手であります。

ミュンヒスチームはヴィラグラ選手が抜けた以外は同じですね。

今年もモンテカルロからWRCが始まります。昨年以上に見所が盛り沢山ですよ!今年もシリーズから目が離せません。さて、気がかりだったのが奴田原選手のPWRC参戦ですが、どうやら今年も参戦が決まったようです!

奴田原文雄オフィシャル応援サイトを見る。

今年はアルゼンチンから参戦とのことです。まずは参戦ということで一安心・・・良かった良かった~ちなみに、全日本ではエボ10で初戦から参加だそうで、こちらも楽しみですね。今年もアタクシは奴田原選手を全力で応援しますよ!

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2008年1月12日 (土)

休み明けに喝!

正月休み明けで気が緩んでいたところに

- 1 0 ℃ 

の洗礼がきました。

きっと、『ダラダラするな!気を引き締めて働きやがれ!』ということなのでしょう。しかし、道南でここまで気温が下がるのは珍しい・・・昨年が暖冬だっただけに、余計に寒さが身に染みますなぁ('Д') 朝、幹線道路は完全なスケートリンク状態。3kmの間に4件の事故が起きたそうです。さて、しばらくは落ち着きそうな気温ですが、どうなることやら・・・

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2008年1月 6日 (日)

ダカールラリー中止!

今年のダカールラリー(パリダカ)が中止になってしまいました(´・ω・`)

モーリタニアの治安悪化により、出場者の安全が保障できないとの理由だそうです。自然現象ならまだしも、政治的理由から安全が保証されないのであれば仕方ないですよね。参加者も、自然条件による危険は覚悟しているとは思いますが、それ以外の危険、ましてそれがテロであるならば、競技に集中できるような状態にはなれないでしょう。以前、一部競技区間の閉鎖はあったものの、今回のような全面中止は初めてかな?

何より残念なのはパジェロで3回目の優勝を狙っていた増岡浩選手。来年から三菱はディーゼル車での出場を考えているようで、事実上、パジェロエボでの出場は今年で最後の予定だったそうです。WRCで三菱が出ていないだけに、ラリーレイドの方で頑張って欲しかったなぁ・・・・・・残念だ。

今後永久的に中止になるわけではないので、来年のダカールラリーが無事に開催されることを祈るばかりです。

話は変わってPWRCなんですが、今年は奴田原選手エントリーするのかな・・・(´・ω・`)不安だ。

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2008年1月 5日 (土)

にごり酒

Ca390102

菊水の五郎八というにごり酒です。こいつは度数が21度もあるので、甘さに釣られて飲みまくると、翌日大変なことになります。基本的に辛口しか飲まないアタクシですが、菊水だけは別。甘口でもパンチが強いので大好きなのです。口に入れた瞬間広がる濃厚な味と甘さ。喉から胃に落ちるまでは通過した部分がカーッ!と熱くなるのです。新潟のお酒です。

Ca390103

こちらは初めて見たのですが、同じく新潟の酒だそうです。名前が『新潟まつり』ですから、すぐ分かると思いますけど。んで、こちらのお酒かな~~~~~~り!!美味しいです。一口飲んでビックリしましたよ。辛口でキレがあり飲みやすいのですが、淡白な味ではなく、ほどよい風味があるのです。こいつぁ良い酒ですよ。にごり酒の後に飲んだので、まるで水のようでした(笑)

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2008年1月 3日 (木)

国士無双

正月も三日目。順調に体重が増え、肝臓が壊れていってます(*'-')

Ca390100

昨日飲んだ酒は『国士無双』、有名なお酒ですね。久々に北海道の酒を飲みましたよ。いつもは四国とか東北、北陸地方の酒を飲んでいますからね。前に飲んだ時は、そんなに美味しいとは思わなかったのですが、昨日飲んだら美味しかったですね(笑)ちょっと酸味が強いお酒なのですが、まろやかで後味がスッキリしています。値段はちょっと高めですけどねい(´・ω・`)

正月ということで、めでたい酒を我が家の酒蔵から引っ張り出してみました。

Ca390101001

暗くてよく見えないと思いますが、左のお酒は『金山奉行』と言いまして、その名の通り『金箔』が入っております。癖の無い辛口で飲みやすいのですが、なにか一つパンチが足りないお酒なんですよ・・・逆に誰でも美味しく飲めるお酒だということですけどね。このお酒は秋田県鹿角市の地酒です。今晩はこれを飲みましょうかね(*'-')

次の血液検査・・・肝臓の数値が・・・こわひ・・・・・・

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2008年1月 1日 (火)

謹賀新年

あけましておめでとうございます_(._.)_

年末から何となく忙しかったのですが、正月はゆっくりと過ごしております。昨日の晩、除夜の鐘を聞きに大雪の中を出かけたのですが、函館市内のお寺では鳴らしていないようでした・・・今は、0時過ぎに新年の鐘を一回鳴らして終わりの所が多いようです。世知辛い世の中ですから『夜に鐘鳴らすとうるさい!』とか苦情が出てるのでしょうか?寂しいですよね・・・(´・ω・`)

さて、昨年末に一通の封書がアタクシの手元に届きました。封筒にはスリーダイアモンドマーク。なんと本社モータースポーツ部の○様からランエボ10のカタログが直送されてきたのです!『見て楽しんでください』と書いてありましたが、これはアタクシに買えということ何でしょうか!?(笑) カタログを見て楽しんでくださいとありますが・・・もう生殺しですがな(笑)これはアタクシの性格を巧みに利用した作戦ですな!見事ナリ!車体がRSで300万でしょ・・・更にすったもんだで最低400ですなぁ・・・現実的にはかなり厳しいですが('Д')

まぁ、夢は大きくということで、今年の目標は

『ラリージャパンに出場!』

もしくは応援で参加!

てことにしときますか(´_ゝ`)

出場の実現性は1%未満で、応援が99%ですけどね(笑)

皆様にとって、今年一年が幸せな年でありますように。

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