観光客
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温かくなってきたし、天気も良かったので函館山に行ってきましたよ。今年一発目の登山は、昨年登ることが出来なかった『観音コース』からスタート。
『観音コース』の登山口は、称名寺と実行寺の裏手にあるらしいのですが、今回は山上大神宮から登って行くことにしました。車を函館山管理事務所の駐車場に停めたので、山上大神宮まで歩くだけでも結構な距離でしたよ(笑)
せっかくなので山上大神宮でお参りをしました。ここから右手に行くと獣道がありまして、それが観音コース登山道と合流しています。5分も歩けば・・・
道標が出てきます。まぁ、遭難することはないと思いますが(笑)
登り始めは傾斜もきつく九十九折みたいなっているのですが、28番観音がある辺りからは傾斜も緩くなり、ほぼ一定の勾配で登って行くことになります。函館山登山道の中では、一番長い距離を歩くことになる観音コースですが、傾斜が緩いので問題なく登れると思います。最初の傾斜も、汐見山コースや七曲コースに比べれば楽なもんです。
登山道はこんな感じです。他のコースと違い景色が開ける所が少ないので、ただ登って行くだけの単調な登山になってしまうのがつまらないかな・・・?景色を楽しみたいのであれば、他のコースが良いかも知れませんね。途中、こんなものがありました
む・・・墓標か!と思いきや、旧陸海軍の軍用地だったことを示す境界標でした。
1905年に函館山要塞(津軽要塞)工事が完成してから約半世紀もの間、一般人の立ち入りは勿論、写真の撮影やスケッチ等が禁止されました。地図からも山全体が消え、函館市内を撮った写真の一部にでも山が写っていたら、軍の検閲に引っ掛かり修正されるという徹底ぶり。しかし、そのお陰で函館山の自然が現在まで守られたという話も・・・
観音コースは途中2度ほど車の登山道と交差します。そして『つつじ山駐車場』に出ますので、それから御殿山山頂を目指すもよし、千畳敷方面へ行くのもよし、そのまま旧登山道を下るもよしなのです。アタクシ達はアイスクリームを食べるために、御殿山山頂へと向かいます(笑)
この方向への写真はお馴染みですが、
千畳敷方向を写したものは少ないですよね。まぁ、こっちは夜景としての魅力は全く無いのですが、函館山の大きさを知る上ではGOODなのです。函館山は13山の総称でして『函館山』という山は、実は存在しなかったりします。『函館山の夜景』というのを正確に言うならば『御殿山からの夜景』となるわけです。まぁ、そこまでこだわる必要性は全く無いわけですが(笑)
アイスクリームを堪能したアタクシ達は、『つつじ』を見ながら旧登山道を下ってゴールとなりました。
次は『ファイト一発!汐見山コース』から登ってみよう( `・ω・)
参考までに各コースの距離と地図みたいなものを置いておきます。と言っても、デジカメで撮っただけのものですけど(笑) 登る方は参考にしてください。
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先日、ちょっとしたイベントで元町付近を歩いてきました。
今、元町付近は『冬フェスティバル』で、道路のイルミネーションや代表的な建物がライトアップされています。雪がチラチラと降ると、なかなか綺麗なのですよ。
↑夕暮れの八幡坂
んー・・・夕暮れの方が綺麗な気がする(´・ω・`) さすがに陽が落ちるとアチコチ凍結して、とてもデンジャラスになります。凍結路面に自信のない方は、靴用のスパイクを装着するか、片方の足だけに縄を巻くなりして、しっかりと対策しましょう。滑ったら海までいきますよ(笑)(車道はロードヒーティングです)
↑旧函館区公会堂です。ハート型のイルミネーションがあります。このイルミネーションを男女で見ると、相思相愛の仲になる・・・・・・なんて話は聞いたことありません(`・ω・´)
↑公会堂の色とライットアップが合いますね。昼間より夜のが映えて見えますね。ただ、夜だと中には入れないけどね。
↑ハリストス正教会と聖ヨハネ教会。夜だと幻想的ですね。
↑カトリック元町教会。おー!昼間より断然綺麗だ!なんか厳かな気持ちになりますね。
最後は吹雪の中、函館山山頂から一枚(笑)まだ夜景がうっすらと見えてるだけいいか。山頂は寒くてとんでもない事になってましたが、なかなか面白かったですよ。冬の函館山も良いですね。
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函館山展望台からの夜景では写らない地区。つまり函館山の横のほうになるわけですが、そこもなかなか景観が素晴らしいのです。
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ここはどこかと言いますと、立待岬から函館八幡宮に抜ける一方通行の途中になります。近くには碧血碑があります。ここは日中しか来たことが無いので、夜景は見たことがありません。夜景を見てみたいのですが、夜は交通規制で車での移動が出来ないのです。徒歩で行くには、街頭の無い山道を墓地を横目に見ながらになるし・・・・ちょっと怖いですね。まぁ、夜景見るなら素直に函館山の展望台に行ったほうが綺麗だと思います。ちなみにアタクシは展望台からの夜景より、6~7合目の夜景の方が好きだったりします。車か徒歩で登らないと見ることは出来ないですけどね。 |
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今週は函館のことを色々と書いてきたわけですが、My Favorite Placeを紹介しましょう。その場所とは・・・
ここは元町の函館ハリストス正教会の敷地内です。手前右側の建物が函館ハリストス正教会。ロシア正教の教会で、地元ではガンガン寺とも言われております。奥の白壁、茶屋根の独特な形をした建物はイギリスプロテスタント教会の函館聖ヨハネ教会です。ここから海のほうを見下ろすと・・・
右に見える瓦屋根は函館東本願寺函館別院。浄土真宗大谷派の寺院で、日本で最初の鉄筋コンクリートで作られた寺院です。左側のゴシック様式の建物(塔部分)は元町カトリック教会、ローマカトリックの教会です。ちなみに、山のほうを見上げてみると・・・
赤い鳥居と神社が見えたりもします。むむむ・・・この神社の名前がわからない・・・今度調べておきます(;´д⊂)
ロシア正教教会の敷地から、お寺、神社、イギリス、フランスの教会が見える、この景観こそが函館の象徴なのではないかと最近思うのです。異国の文化、宗教を受け入れ、歴史を刻んできた街。僅か数百mの範囲内に、これだけ神社、寺、教会が密集している所は他にないと思うのですが、どうなんでしょうね?神戸とか横浜辺りだとありそうな気もしますが・・・
ここ以外にもお気に入りの場所はまだ沢山あるので、少しずつ紹介していきます。
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函館の歴史を語る上で忘れてはいけないのは大火です。中でも1934年(昭和9年)の大火により、函館西部地区の建築物のほとんどが焼失してしまいました。また、1945年の函館空襲でも西部地区の建物が被害を受けています。20間坂や函館の各地区にあるグリーンベルトは、大火を数度経験したことにより、被害拡大を防ぐ為に設置された防火スペースなのです。ただ無駄に広い道路ではないのですよ(´ー`)
前述しましたが、大火で西部地区の建物は大被害を受けました。しかし、大火と空襲をくぐり抜け、現存している建物があるのですよ。まさに建物の中の建物、キングオブ建物が!('Д')
この建物のお名前は旧開拓使函館支庁書籍庫さんです、どうぞよろしく。元々旧函館支庁の倉庫として建てられたものですが、支庁本体が大火で焼け落ちてしまいまして、書庫だけが残ってしまったのですね。
A君:大火に見舞われた割には綺麗じゃないか!
B君:本当は焼失してるのにごまかしてるんじゃないの?
C君:証拠はあるのか!証拠は!!
げーん:(ノ ゜Д゜)ノ ==== ┻━━┻
わかりました、そこまでおっしゃるなら証拠を見せようじゃありませんか!
この書籍庫に使用されているレンガを拡大しまたものです。レンガには刻印がありまして、このレンガには明治7年函館製造とあります。アタクシが確認した限りでは、明治7年~9年までのものしかありませんでした。函館製造とありますが、実際には現北斗市の茂辺地煉瓦石製作所で作られたものと言われております。
さて、この建物の場所ですが、旧函館区公会堂の真下になります。旧開拓使函館支庁の隣にひっそりと建っておりますので、見かけたら声をかけてやってください。
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元町地区なんかを歩いておりますと、当たり前のようにこのような建物が存在しております。
ただの古い建物だと思い込み通り過ぎようとしているアナタ!よ~~くご覧なさいまし。よく見るとおかしな作りしているでしょ?何がですって?よ~~~く見て下さいよ!答えは三日後に!
って書くと、三日待てない人からメールと電話が来るので、サッサと答え合わせを(´・ω・`)格子窓に戸袋なんかもありまして、一見すると古い和風建築なのですが、後方の倉側にある二階の窓なんかは洋風になっております。和洋折衷の建物、この様な建物が函館には沢山あるのです。特に景観形成地区に指定されている元町には数多く現存しております。歴史的建造物に指定されると、勝手に増改築は出来ないし、ペンキ塗るのも許可がないと出来なくなります。何かと不自由な事が多いのですが、歴史保存の為、観光の為と所有者が大切に管理してくれているのです。感謝しなければなりませんね。この様な建物は小樽にも数多くあります。小樽も古くから外国文化が入ってきている街ですからね。
何気に通り過ぎてしまう建造物ですが、年代により流行りが違ったり、窓枠の装飾等、かなり芸術的な物もあります。注視して色々と調べて見るのも楽しいですよ。建物から函館の歴史がわかることもあるのです。
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函館が土方歳三最後の地であることは地元でも知られているわけですが、新選組終焉の地でもあることは、あまり知られていない気がします。新選組と言えば、京都での活躍が有名すぎるのもありますけどね。実際、箱館新選組で京都以来の隊士というのは僅か13名、池田屋を知っている隊士は3名しかいませんでした。
この模型は、土方歳三戦死の地とされる一本木関門での戦いを再現したものです。馬上で指揮を執るのは土方歳三。傍らの2名の兵士は額兵隊なのでしょうか、それとも伝習士官隊なのでしょうか。
五稜郭タワー展望台には他にも模型や資料がありますので、北海道における戊辰戦争の流れを簡単に知ることができます。夜景や食事も堪能できますし、地元民でも十分楽しめる場所だと思いますよ。
今年撮った函館山からの夜景です。見事にピンボケ(´Д`;)ヾ
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今年の2月に新しくなった五稜郭タワーに登っていたのを、すっかりと忘れていました。イベントの真最中で五稜郭全体がライトアップされていて、なかなか綺麗でしたよ。函館山から見る夜景よりは、個人的にはこっちのが好きです。五稜郭タワーの中はどうなっているのかと言いますと、売店、レストランはもちろん、箱館戦争を紹介した模型や資料等があります。例えば・・・
これはご存知の方も多いと思います。土方歳三の全身像ですね。像の基になったのは、明治元年に箱館の田本写真館で撮られたと言われる2枚の写真でしょう。左手の位置が半身像写真と合致しますが、足は全身像と参照といったところでしょうか。フロックコートに日本刀という姿が、幕末という時代を象徴していますね。
この模型は二股口の戦いを再現したものです。土方歳三率いる衝鋒隊、伝習歩兵隊が新政府軍と激突。2度に渡る激戦はいずれも旧幕府軍が勝利するも、矢不来を突破された旧幕府軍は二股口の包囲を恐れ、五稜郭へ撤退という流れです。昨日、ブログにUPした写真も、実はこの二股口の近くだったりします。二股口は急峻な地形が多く、守る側にとっては天然の要塞とも言える場所です。模型を見ると、将兵がミニエー銃の銃口を水で冷やしながら闘っている様等、記録の細かいところまで再現されています。
まだ写真があるのですが、長くなるのでまた後日。
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函館で有名な居酒屋のランチを食ってきた。色々なランチメニューの中から頼んだは【づけ丼】。アタクシは無類のマグロ好きでありますので、これ以外は頼むつもりはありませんでした。値段が500円であり、多少物足りなさがあるだろうなと予想していたのですが・・・
以前、青森で780円のづけ丼を食い、安くて美味いなぁと思ったことがあります。しかし、ここのづけ丼は量、質ともそれ以上である。赤味とトロが半々で入っており、タレも酢飯を殺さず丁度いい具合である。ワンコインでこれなら文句言う奴はいないだろうな。
ちなみにお店の名前は居酒屋ココである。
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